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    なにもかもがあのときのままー原告さんの家を訪ねて

    • 2016.11.13 Sunday
    • 08:44

    支える会・西日本通信号外より

    ぜひ見ていただきたい写真たちです。

    印刷のためにモノクロにしていましたが、あえてそのままアップします。

    全く壊れていない、懐かしい我が家に帰れない、

    その写真はまさにモノクロの世界です。

     

     

     

     

     

    原告さんの家へ行ってきました。     事務局 後藤由美子

     

     

    今回裁判傍聴の翌日、

    前回の号外通信で紹介した原告今野寿美雄さんに浜通りを案内していただきました。

     

    今野さんは浪江町の方で、避難移住先は福島市で県営住宅に去年から住んでおられます。

    はやとくんにも再会しました。

    そして近所に住まわれる二人の原告さんの自宅も訪ねました。


    上は11才から生後一ヶ月半の子どもさんまで、4人の子どもさんのいるお母さんと

    おばあちゃんにお会いしました。

     

    家の庭はこの前やっと除染が終わったところで、

    駐車場の下にその除染土が埋めてあると聞きました。

     

    すぐ横の空き地には除染土がビニールシートに覆われ置かれていました。

     

    不安でいっぱいの中の子育て、出産もされ、

    その気持ちをしっかり法廷でも話してくれた方です。

     


    もう一人は9歳の子どもさんのお父さんで、必ず法廷に出席されている方です。



    そして今野さんは、

    なんと浪江町の帰還困難区域にある自宅に連れて行ってくれました。


    浪江町は原発立地ではなく、汚染の被害だけが大きくのしかかり、

    映画日本と原発」にも出ておられた馬場町長を首長とする

    原発20キロ圏内にある全町避難の町です。

     

    帰還宣言はせず、一部帰りたい人のために整備を進めているとのこと。
    今野さんの自宅の周りも除染されていました。



    今野さんは原発関連会社で働いていました。
    震災の時は女川原発にいたので、家族と会えたのは15日。

    浪江の人は、12日から続いた1〜4号機の爆発による

    放射性物質のプルームが流れる方向に避難し

    とても汚染がきつかった津島地区に避難していた。

     

    当時の新聞福島民報

    浪江町の津島避難 線量情報なく町民孤立 国と県、予測伝えず 安全信じ...空白の4日間

    http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2011/12/post_2755.html
     


    スピーディーの情報があったなら、浪江の人が避難する方向がまったく違っていただろうに!
     


    今野さんの自宅。
     

    南側にあるウッドデッキは自作だそうです。
    汚染がこびりついて高線量を発しているので近づけません。

     


    家は小高いところに建っていて、南風で汚染が吹きつけました。
    左の柵も今野さんが作ったとのこと。
    家も頑丈にできていて、地震にはびくともしなかったそうです。とてもすてきなマイホーム!

     

    まわりは友人や後輩の家です。
    みんなでバーベキューしたりして楽しかったって。

     

     

     

    はやとくん当時の写真の入った2011年のカレンダーが壁に・・・
     

     

     

    あの日以来水をもらえなかった植物たちの枯れた姿が…。

     

     

     

     

     

     

     

    アンパンマン等のおもちゃが散乱するリビングの床。でもさっきまで遊んでいたみたいにも・・・。


     

    リビングの真ん中にある素敵なソファーはカビだらけだと。

     

    りっぱなロ―テーブルはやっぱり自作。持って帰りたいけど大きすぎる。

     

     

     

    地震で動いた家具と飛び出したものがそのままのキッチン

     

     

    浪江町の赤茶けた線路
    でも整備は進められていました。

     

     

    何が奪われたのか、目の当たりにし、泣くしかありませんでした。

    今野さんは10年住んだからまだいいと言われました。

    隣近所は2〜3年しか住んでないんだ、って。

     

    なぜここへ戻って来られないのでしょうか!!

    心が混乱します。帰りたいのに帰れない。


    今野さんはオープンにその痛みを私たちに知らせ、見せてくれました。

     

    何でも伝えてくれ!と。

     

     

     

    浪江町には『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)の人気企画の舞台だった

    DASH村」がありました。

     

    TOKIOのメンバーが村の長老に自分で作る暮らしを教えてもらう番組で、

    指導者の三瓶明雄さんは2,014年に急性白血病で亡くなられています。

     

     

    本当に起こっていることを、多くの人に伝えなければと思いました。

    これを見て下さった方々にもお願いしたいです。

    どうぞ周りの人に伝えて下さい。

     

    マスコミにあらず、口コミでいのちを守る大切な情報を伝えていきましょう。

     

     

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