荒木田岳さんin関西「わたしたちのつながるところ」

  • 2017.03.08 Wednesday
  • 00:23

原告の荒木田岳さんを関西に迎えた3月4,5日の集会が終わりました。

 

 

脱原発はりまアクションとコープ自然派ひょうごとの共催で
加古川で荒木田さん、福島、関東からの避難者のお話・歌などを聞く集いの後


高砂青年の家での合宿で、脱原発はりまアクションと原発より命フォーラムを共催し
 

翌5日尼崎小田公民館ホールで「わたしたちのつながるところ」を主催しました。

尼崎では約150人の参加者でじっくりとお話を聞き、考える事が出来ました。



荒木田さんのお話を紹介します。

子ども脱被ばく裁判支える会西日本
「わたしたちのつながるところ」

「脱被ばく」の目指してきたこと、目指していること  
          

原発事故は起こることが想定されてきたし、事故への備えもあった

しかし、

事故前に準備されていた法令・ガイドライン・手順が守られなかった
背景には事故の「過小評価」、その元には原子力政策への固執がある。


壊れたのは「社会」だった


そもそも、原子力防災の柱は「住民をいかに放射線被ばくから守るか」ということであった。
放射能やそれが放つ放射線が有害きわまりないものだから、

妊婦や赤ん坊へのレントゲンは誰もしない。
それゆえ、原子力災害が発生した場合には、

次善措置として被ばくを避けるため社会的な安全策をとるべきであったが、

現実にはそれがなされなかった。

完全にコントロールされたのは放射性物質でも汚染水でもなく、

まして事故を起こした原子炉ではまったくなく、

メディアや情報であり、かぎかっこ付き「専門家」たちの意見であり、

被災地住民の行動であった…
だから、原発事故を「放射性物質をまき散らしてしまった物理的事象」

とだけ捉えるのは一面的で、日本社会の「崩壊」の問題として捉える必要がある。

たとえば

過去最大の線量=毎時650Svがあった福島第一原発。

そこへ高校生を防護服も着せないで見学に行かせたこと。

本来行われるべきであったシナリオ


もとは東海村JCO事故がきっかけで、原子力災害発生の際の取り決めが細かくされていた。
原子力災害対策特別措置法(原災法:1999年12月制定、翌年6月施行) を

それぞれが自分の目で見てほしい

その特徴は「予防原則」
災害対策基本法との相違

「〜が発生した場合」、「〜が生ずる蓋然性を含む」が伴うこと

つまり、かもしれないが含まれるということ
「原子力施設等の防災対策について」(防災指針)
原子力施設による異常事態の把握(異常事態の定義・基準)、

周辺住民等への情報提供(その手順、窓口、担当者の明確化etc.)、

諸設備の整備(ERSS、SPEEDI、オフサイトセンターetc.)、

「緊急時環境放射線モニタリング指針」

「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」

「緊急被ばく医療のあり方について」

など応急対策実施のための指針


対応は細かく決まっていた…事故は「想定」されていた、ということ
「安全神話」ではなかったし、未曾有の災害でもなく想定された原子力災害であった

実際のシナリオは?

首相官邸の行ったこと…「原子力緊急事態宣言」発令の遅れ(当日19時過ぎ)、

住民避難の遅れ、事態の矮小化、各種安全基準を軒並み変更。

子どもまで含め、年間20mSv被ばく容認。「官製除染」→被災地の人権は?

マスコミの行ったこと…30匏への記者等の立入禁止(住民は残っていた)、

他方での「安全」報道、情報の隠蔽や、ときには改竄への加担(SPEEDI、高濃度汚染データ)

福島県の行ったこと…3/12に、県のモニタリングチームがテルル132を検出(6月まで隠蔽)。

3/19に放射線健康リスク管理アドバイザー2名(4/1にもう1名)を招聘、県内で安全宣伝を実施。
4月1日から「がんばろうふくしま!地産地消運動」を開始。

県教委は、放射線量も測定せずに授業再開を決定

2つの問題がある。

 

「事故を発生させた問題」

 

「被ばくを避けさせなかった問題」

 

→いずれも避けられた


電源喪失→注水失敗→冷却手段喪失→炉心溶融というシミュレーションが3.11前にあった。

それほど高くない津波でも冷却系機能停止
→炉心損傷のシステムも停止。にもかかわらず、調査自体が隠蔽、対策はとられず。

(添田孝史『原発と大津波』)
3.11後も、被ばく回避のために必要な対策は採られなかった。

代わりに行われたことは各種安全基準の緩和
基準以上の汚染が見つかった際、避難区域を拡大するのではなく、基準値の方を緩和した。

食品の場合も同様。

「過小評価に基づいて安全対策を怠った」ということが原因。

 


打開策として「脱被ばく」の主張をする

「被ばくを強要する側に立つのか
それに反対する側に立つのか」
「原水爆」だったら?
なぜ、「核兵器による被ばくは危険」で、「原発事故による被ばくは危険でない」のか?


事故前の法令や安全基準を守れ→立ち戻るべき原点の確認

「表のシナリオ」「裏のシナリオ」の逆転
コントロールできない核(原子力)、「ならば社会の方をコントロールしてやろう」
原発事故の際、「住民を犠牲にして原子力政策を守る」というシナリオが準備されてきた

「戦後体制は善であった」という歴史認識への疑問。

 

現状打開のためにはどうすればいいのか。乗り越えるべきものは何なのか
「無力感」「被害者意識」…これが気易さの正体


「放射能安全論」が人々を引きつけている力は
 崑召両豺腓覆蕕佝麁擦覆海箸任…大義のためであれば容認できる」

という「主体的」な考え方
◆峺⇔呂その大義を正当に代表していると容認」する見方…の合力
→つまり、「平凡な人間の、凡庸な悪」ではなく、

そこにある「主体性」…権力(との一体化)衝動?

「脱被ばく」が目指したもの

政府とは別の「大義」
 

作られた「無力感」、抑圧された「主体性」
人々の主体的関わりを排除しようとする力…「専門家」
「科学的」、

「客観的」組織化された「暴力」
「自己抑圧」、口外できない「不安」、

誰にも相談できず一人で悩むこと…これを助長する人々がある。


「わたしたちのつながるところ」はどこか?

 

**


家族と離れ福島にひとり残り被ばく防護と抑圧防護をしながら発言を続ける荒木田岳さんと
各地に避難移住して緊急事態を生きている方々をお迎えした3日間で、
脱被ばくの意味することが各地でクリアにされて行きました。

荒木田さんのお話から得た知見は
本当のことは
原発は「安全神話」ではなく事故は想定されていたこと。
詳細に決まっていた住民を守るシナリオが現場では動き始めていたのに、

どこかでひっくり返って、住民を犠牲にして原子力政策を守るというシナリオに変わったこと。
原子炉だけでなく社会が壊れたという二重の破壊の問題なのだということ。

そこにあるのはウソやごまかし、隠ぺい、「暴力」で、
公的な、権威的なものから抑圧された個々人の主体性が
専門家に判断を預け、復興等「大義」のためには放射能安全論を容認するという、
権力と一体化する「主体性」へと変化する人々の中で
不安を押し殺し、孤独に悩む一人ひとり。

個々が自ら調べて本当のことを知ろうと動く主体性を回復し、

本来のシナリオを取り戻すべく、「脱被ばく」でつながって行く。

**

脱原発をしても被ばく問題は続くのだという荒木田さんの言葉が心に残っています。

いいかえれば脱被ばくには脱原発が必ずついてくるけれど
脱原発には脱被ばくがついてこないということ
脱被ばくには様々な問題がいもづる式につながってくるから
それを切り離して脱原発ワンイシューで行こうというかんがえがありますが
それだと、切り捨てるものがたくさん出てくる。
うまいたとえかどうかわかりませんが、
地面の草を引くのに、のびている葉の部分だけ摘んで、

根っこはそのまま残すような引き方を思い出します。
問題が草だとして、しっかり草の根っこ部分を切れないように掘り起こし、

根っこを引き抜くような抜き方が解決には必要で、

それが「脱被ばく」の意味するものではないかと・・・。

逆にいえば脱被ばくという時にさまざまにつながった問題が浮上してくるのです。
だからややこしくなるから脱原発でつながろうと言ってしまう。
でもそれは残念ながらつながることではない。くくることに近い。
必要なのは、それを煩わしいことと考えるのではなく、

つなげてくれているのだと考えることではないかと思います。


5日尼崎の集まりでは、脱原発運動の担い手の方々が多く参加して下さり
荒木田さんが最も訴えたかったことをしっかり受け取ったという応答の言葉を
さいなら原発尼崎住民の会代表広畑貞昭さんが締めくくりのあいさつで話され
150人の参加者にも共有され、感動しました。
大阪からスタッフとして参加してくれた方が、子ども脱被ばく裁判は

まだまだ大阪で知られていないと言われました。
これから大阪で、「子ども脱被ばく裁判」の支援を通じ
荒木田さんがはっきり言われた、脱原発「ではなく」脱被ばくの運動の

ひろがりを作って行けたらと思います。

****

 

加古川会場では、六ヶ所再処理工場の危険からのがれた青森からの避難移住の方の叫びの歌
同じく関東からの避難者であるだるま森+えりこさんの演奏、

福島と関東からの避難者のお話や、脱原発はりまアクションにメンバーによる歌など
荒木田さんのお話の他の方々の表現も、脱被ばくの行動に根差したものでした。

次の会場高砂青年の家を選んだのは、加古川の会場から近いこと、そして宿泊費が安く
合宿形式にはもってこいだと思ったからでした。


施設の食事もありましたが、加工品を使った食事だったので、

子どもたちに食べさせるわけにはいかないと思いました。
施設に聞くと、持ち込み料を一人100円払えば持ち込めるということで、
放射性物質の検査に力を入れているコープ自然派ひょうごの食材で

手作りカレー等夕食と朝食を準備することになりました。
何もかも持ち込みしなければならないので、とてもたいへんなことでしたが
そのことの意味を理解していて、力を尽くしてくれる人がいたのです。

この食事に関することは今回の企画にとってとても重要なことでした。
農林水産省「食べて応援」HPをご覧ください。http://www.maff.go.jp/j/shokusan/eat/
被災地域の復興に向けた被災地産品の利用・販売促進についてhttp://www.maff.go.jp/j/shokusan/eat/151009.html
この中にある通知をクリックしてご覧ください。
公的な施設の給食がこの通知を一番に実行していく場所ではないかと考えられます。
学校で子どもたちの毎日食べる給食にさえこの「食べて応援」を当てはめていく

この国の悲しさをこの通知にまざまざと見せつけられます。
荒木田さんも何度もおっしゃっていました。自分の目で見て下さいと。
今の社会で被ばく防護は、自分で切り開かなくては保障されないもの。
この国の政策の中で、まっとうに当たり前にいのちを守る行動をとることは

大きなあらがいとなるのです。

私たちは被ばくを強要する側に立つのか、それに反対する側に立つのか
という荒木田さんの問いは、日常的なもので、

休むことのない生きるための努力を意味すると感じます。
汚染を受けた地域で子どもを育てる現実は、それまでの日常をがらりと変えて
自分がしっかりアンテナを立てて、勇気を持って周りとの軋轢を超えて、

休むことない努力を重ねることとなります。
時間もお金も気力もいります。しかしやめたら子どもは被ばくするのです。
それが耐えられず避難移住したら今度は他の苦難が待っている。
避難支援の打ち切りは、貧困か被ばくかの選択を迫られること。

もちろん初めから支援のない状況で移住した人もあり、経済的な厳しさに加え

周りと共有されない苦しみや悲しみを抱えた孤独な生活が強いられています。

 

この辛い状況を想像してみてください。

それがどういう日常かを知ることは、

汚染を免れた地域の人々にはなかなか想像が難しいことだと思います。
だからこそ、避難して私たちの近くに来てくれた人にその現実を教えてもらい
汚染地で厳しい被ばく防護の日々を送る人々の状況を知り
この壊れた社会でじわじわと広がる放射能汚染が自分の近くに迫っていることに目を凝らし、
非常事態であることをしっかり受け止め、脱被ばくという方向性を持ち
それを目印につながって行くということが大切ではないかと思います。

原子力緊急事態宣言中=被ばく防護=再稼働阻止

その意識で生きることは、私たちの眠っている何かを目覚めさせるのではないでしょうか。
尼崎の集会で最後に壇上に上がった避難移住者のトークで
それまでの幻想に対する「絶望」の中で、本当に立つ場所を求めつながり合うことが
生きる力を与えてくれる気がしました。

尼崎では前日の集まりに支えられて、昨年大阪へ母子避難し、

予想以上に苦しい毎日を送ることに心が打ちのめされそうになっていた
「子ども脱被ばく裁判」原告のお母さんが、だんだんに元気になり
思い切ってステージに上がり、本当に心に響く言葉を伝えてくれました。
とくに高砂の集まりで、心身共にリラックスし、避難移住後初めてといっていい深呼吸ができ
避難移住者のじっくりした交流が出来たことは大きかったと思います。
ほんとうに「有り難い」ことがおきたのです。
高砂で開催した原発より命フォーラムで共有されたことは、

翌日の宇野朗子さんのお話にもつながる内容となりました。
また別の形で報告したいと思います。


 

今私たちは「緊急事態」を生きているということ

 

壊れた原子炉と、壊れた社会

 

その中で「脱被ばく」をめざすということ

 

脱原発「ではなく」脱被ばくでつながる

 

感じること、身体性

 

小さい声、違和感

 

主体性

 

あたりまえのことを言い続ける

 

あらがい

 

ネガティブとポジティブ

 

 

などなど

 

わたしたちのつながるところをじっくり考えることができた集まりでした。

 


最後になりましたが、「子ども脱被ばく裁判」を支える会・西日本のロゴマークが出来ました。
水戸喜世子さんの娘さんである水戸晶子さんのデザインで、とってもすてきなマークです。
当日に間に合い、参加者に配布できました。
次回通信発送時に同封しますのでお楽しみに。
追ってブログ上で発表します。

参加いただいた皆様
いろいろ集会が重なる中でのご参集に心よりお礼申し上げます。
スタッフとして関わっていただいた方には、大変ご苦労様でした。
本当にありがとうございました。


    「子ども脱被ばく裁判」を支える会・西日本   事務局 後藤由美子 

 

 

 

 

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  • 2017.06.25 Sunday
  • 00:23
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    コメント
    子ども脱被ばく裁判西日本の皆さま、この度は素晴らしい企画イベントを共催させていただきありがとうございました。

    由美子さん、企画から3日間の連続講演イベントの準備、大仕事をよく頑張っていただいてありがとう!そして、この報告の文章。要点がよくわかり、振り返りをしっかりしなくてはと思っていた私の胸にしっかり刻まれました。荒木田さんのお話の時間、後ろで作業をしながら聞いていたと思ったけどしっかり聞けていたのですね。運営スタッフはつどいを気持ちよくスムーズに運ぶためにじっくり聞いていられなかったのが残念でしたが、このように分かち合ってもらえたこと感謝します避難してきた方の苦悩、福島に残られている方の苦悩をできるだけ共有して壊れている今の日本、緊急事態は私達にも降りかかっている自分の問題としてしっかり今後も手を携えて歩んでいきたいと思います。出会うことでつながっていく人の温かな関係がその力をくれるようですね。簡単ですがお礼まで。脱原はりまアクション山本きよこ
    • 山本清子
    • 2017/03/09 7:49 PM
    脱原発はりまアクションきよこさま
    コメントありがとうございます!
    大事なことを共有する機会を持てたことで何かがつながった実感が有りました。
    それは共同で作りだした人のつながりの実感でもあるかと思います。
    個々が主体的に立つことが、つながることを可能にするのかも知れないと思います。
    共にあってくださって本当にありがとうございます。
    • ごとうゆみこ
    • 2017/03/10 12:29 AM
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